東海道藤川宿 | 紫麦と松並木そして広重に描かれた棒鼻がある宿場

東海道藤川宿 | 紫麦と松並木そして広重に描かれた棒鼻がある宿場

東海道藤川宿 | 紫麦と松並木そして広重に描かれた棒鼻がある宿場


東海道は国道1号線から再び分かれ、日本橋から数えて37番目の宿場・岡崎市の藤川宿へと向かいます。

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

 

東棒鼻跡


藤川宿の入り口にある棒鼻(ぼうはな)跡。

 

 

棒鼻とは宿場の出入り口のこと。東にあるので東棒鼻。なぜここに棒鼻が再現されているのかという理由は、歌川広重の東海道五十三次にも描かれている有名な場面だからです。

 

 

 

 

 


現地案内看板にある、歌川広重 東海道五十三次之内 保永堂版 藤川棒鼻之図

 

 

のある部分が棒鼻の石垣。浮世絵にも2つ描かれており、それを現代にほぼ同じ場所に再現してあります。

 

 

 

ちなみにこの絵は、毎年8月に江戸幕府から朝廷へ馬の献上がり、その行列が藤川宿に入る場面。町人たちが座って行列を出迎えています。

 

 

>>藤川宿東棒鼻の地図

 

 

 

 

 

 

曲尺手跡


東棒鼻のすぐのところにもうひとつ見どころがあります。それが曲尺手(かねんて)。

 

 

曲尺手とは分かりやすく言うと意図的に曲げた道のこと。なぜそんなことをしたのかという理由ですが、軍事的に敵を側面から攻撃するためとか、参勤交代の時、大名の行列がイキナリ出会わないようにするためなどがあります。

 

 

 

 

 


現代も曲尺手の曲がりに沿って民家が建てられています。

 

 

 

 

 


現在の藤川宿の町並み。古い民家が点在しており、まっすぐな道が特徴的です。

 

 

 

 

 

 

藤川宿駐車場


藤川宿には観光用の無料駐車場が宿場の中にあります。ここにトイレもあります。

 

 

宿場の中央付近なので、車で訪れた際にはここを拠点に藤川宿を楽しみましょう。

 

 

>>藤川宿駐車場の地図

 

 

 

 

 

 


宿場の真ん中に城?と思いきや、これは粟生(あおう)人形店。

 

 

>>粟生人形店公式サイト

 

 

 

 

 

 

明星院の片目不動尊

 


徳川家康を守ったといわれる片目不動尊がある明星院。

 

 

戦国時代の頃、ある合戦で徳川家康が指揮を執る岡崎勢が劣勢になりました。

 

 

すると白衣の入道が現れて敵を攻撃し、敵からの矢からも守ってくれて、岡崎勢は勝利します。

 

 

戦後、家康がお礼参りに明星院を訪れると、片目が潰れた不動明王像があり、顔をよく見ると合戦の時に加勢してくれた白衣の入道そっくりだったのです。

 

 

その後、江戸時代になっても歴代の将軍や参勤交代で東海道を行き交う大名達の崇敬も高く、武運長久や道中安全を祈願する人達も後を耐えなかったそうです。

 

 

>>明星院の地図

 

 

 

 

 


藤川宿の中心地近くに進みます。画像は問屋場(といやば)跡。

 

 

問屋場とは、宿場での運送業を行う本部(本店)みたいな場所。

 

 

幕府の公式文書や要人たちが乗る馬を手配しました。現在では石碑が残るのみです。

 

 

 

 

 

 

本陣・脇本陣跡


本陣とは宿場で一番格式が高い宿泊施設のこと。主に大名や公家が宿泊した施設です。

 

 

そして脇本陣は本陣に次ぐ格式が高い宿泊施設。準本陣、副本陣といえば分かりやすいでしょうか。

 

 

さて、藤川宿の本陣だった場所は公園になっていますが、ここではチェックしておきたいものがいくつかあります。

 

 

 

 

 


公園の端で栽培されている紫麦(むらさきむぎ)。

 

 

紫麦とは別名を高野麦(こうやむぎ)ともいい、、江戸時代の頃、この周辺で栽培されており、東海道名所図会にも記載がある名物でした。

 

 

しかし絶滅してしまい、平成六年に紫麦を復元するプロジェクトが発足。今では藤川の名物になっています。

 

 

 

 

 


線路を隔てて東海道藤川宿に隣接する道の駅・藤川宿では、レストランでこの紫麦の食事ができ、お土産売り場では紫麦のうどん、きしめんなども販売しています。

 

 

 

 

 


本陣跡公園から北側を望む。名鉄線の向こうに住宅地がありますが、中世(戦国時代)の藤川宿は山網川の北、つまりあの住宅地がある場所にあったことが分かっています。

 

 

戦国時代末期に山網川の南である、現在地に移転してきました。

 

 

ここから分かることは、江戸時代はもちろんそれ以前の戦国時代もこの周辺は交通の要所だったということです。

 

 

 

 

 

 


紫麦の畑の向こうも要チェックです。なんと本陣の石垣が残っています。ここは東海道の反対側、つまり本陣の裏口ですが、要人たちが泊まる本陣なので簡単に入れないように石垣でブロックされています。

 

 

ちなみに本陣の隣は脇本陣で、脇本陣の石垣も残されています。

 

 

 

 

 


これは脇本陣の表側。脇本陣は本陣に次ぐ格式が高い宿泊施設です。

 

 

運営は本陣に次ぐ名望家で、江戸時代後期には大西喜太夫(おおにしきだゆう)が営んでおり、橘屋(たちばなや)という屋号でした。

 

 

また門構えは一般の民家では構えることが許されず、本陣、脇本陣だけに許されているものでした。

 

 

明治になると宿場の制度が廃止になり、その後、藤川村役場として活用され、現在では藤川宿資料館になっています。

 

 

>>脇本陣 | 藤川宿資料館の地図

 

 

 

 

 

 


藤川宿は東海道の石碑がチラホラ点在しています。

 

 

 

 

 

 


藤川宿の西棒鼻跡。岡崎市立藤川小学校脇に棒鼻跡の看板が建っています。

 

 

>>西棒鼻跡の地図

 

 

 

 

 

 


西棒鼻跡を抜けたところにある藤川一里塚。民家の生垣に溶け込んでいて分かりにくいです。

 

 

この一里塚の北側の地名が一里山北、そして南側が一里山南。一里山とは一里塚のことです。

 

 

>>藤川一里塚の地図

 

 

 

 

 

 

道の駅・藤川宿


西棒鼻跡を過ぎたくらいの線路をよく見ると、反対側に渡ることができる踏切があります。

 

 

この向こうにあるのが道の駅・藤川宿。

 

 

街道ウォークで、この道の駅チェックは大事ですね!車は渡ることが出来ないくらい細い前路を渡って、道の駅に向かいます。

 

 

>>道の駅藤川宿 | 岡崎市観光協会公式サイト

 

 

 

 

 


道の駅藤川宿はトイレはもちろん、レストラン、コンビニ(ミニストップ)、産直市場、軽食を販売している屋台などがあり重宝します。

 

 

ここで休憩はもちろん、次の宿場への作戦タイムも良いですね。

 

 

ちなみに道の駅・藤川宿の隣が名鉄・藤川駅です。

 

 

 

 

 


道の駅の前には、徳川家康の石像もあります。

 

 

 

 

 

 

藤川の松並木


藤川小学校を過ぎて線路を渡ると藤川の松並木があります。

 

 

東海道が開通した時、江戸幕府は旅人の防寒と避暑のために沿道に松を植えさせました。

 

 

そのほとんどはマツクイムシや開発により消滅してしまいましたが、舞坂宿(静岡県浜松市)や御油宿(愛知県豊川市)みたいに残っている場所もあるのです。

 

 

また松並木が消滅してしまったとこも、近年植樹されて復元活動が広がっています。

 

 

 

 

 


藤川の松並木を抜けて東海道はノンビリした道になっています。

 

 

この風景は昭和の頃と変わらないのでしょうね。

 

 

 

 

 


国道1号線の大平橋を渡っていると河原に馬がいました。

 

 

4月に岡崎市で開催される家康行列の馬だそうです。草を食べていました。

 

 

 

 

 


大平橋を渡って向かう先は東海道38番目の宿場・岡崎宿です。

 

 

 

 

 

攻略ポイントと感想

今回のコースを電車を使って歩くなら、名鉄・名電山中駅で降りれば、前回紹介した山中城跡、山中八幡宮をセットで藤川宿を楽しむことができます。

 

 

私の藤川宿の感想ですが、本陣周辺に見どころが固まっており、ジックリと時間を確保して見学したい宿場だと思いました。

 

 

また道の駅を含め、宿場内にも駐車場があるなど、車で訪れるのも便利な藤川宿です。

 

 

あと道の駅では、紫麦をはじめ岡崎市の特産品が多く、産直ではお値打ちな野菜も販売されているので休憩兼ねてチェックしてみてください。

 

 

 

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