美濃路稲葉宿 | 織田信長ゆかりの六角堂と国府宮神社

美濃路稲葉宿 | 織田信長ゆかりの六角堂と国府宮神社

美濃路稲葉宿 | 織田信長ゆかりの六角堂と国府宮神社

 

 

清須を離れ美濃路を北上します。目指すは稲葉宿(愛知県稲沢市)です。

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

長光寺と六角堂


美濃路沿いにある長光寺。尾張名所図会にも描かれた寺ですが、どちらかと言えば境内にある六角堂が有名です。

 

 

応保元年(1161)平頼盛が創建し、延元三年(1338)足利尊氏が復興し法相宗となり長光寺寛林院と号しました。明応八年(1499)臨済宗に改め現在の寺号になりました。

 

 

また若い時の織田信長の遊び場だったらしく、境内奥には信長が好んで飲んだ臥松水と呼ばれる井戸があり、茶の湯や膳にその水を汲んだと伝わります。

 

 

>>長光寺の地図

 

 

 

 

 


長光寺前の石柱。左ぎふ道、右京都道と刻まれています。ここにあったものではなく、四ツ家追分から移されたもの。

 

 

 

 

 

 


長光寺の近くにある浅野長勝邸跡の石碑。この人は戦国時代、豊臣秀吉の妻・おねと、豊臣五奉行筆頭・浅野長政の養父だった人物。

 

 

織田信長に仕え、弓部隊の指揮官・弓頭(ゆみがしら)でした。

 

 

現在は個人宅の前に石碑が建ってます。

 

 

>浅野長勝邸跡の石碑の地図

 

 

 

 

 

 


長光寺を出てしばらく歩いても、六角堂の町名があります。もちろん、長光寺六角堂ゆかりの地名です。

 

 

 

 

 

県道136号線

 


今回の街道ウォークのポイントはこの県道136号線。ほぼこの136号線に沿って歩きます。

 

 

 

 

 

 

岐阜街道


JR東海道本線の踏切近くで分岐する岐阜街道。織田信長が岐阜城を本拠とした時、岐阜と清須を結んだ街道です。実はもと鎌倉街道。

 

 

ここから下津、一宮、黒田(旧木曽川町)を経て、後の中山道・加納宿経由で岐阜に行くことができました。また逆の経路は御寿司街道として使われました。

 

 

江戸時代、長良川の鵜飼で捕れた鮎を使った鮎寿司を江戸まで運んだのです。鮎鮨は岐阜街道、美濃路、東海道を経て4〜5日で江戸に届けられました。

 

 

運ぶ途中で鮎が自然発酵して、江戸に着いた時にちょうど食べ頃だったとか。毎年5〜8月に10回ほど献上されていたみたいです。

 

 

またこの追分周辺には街道を行き交う人のための立場もありました。

 

 

>>岐阜街道の追分の地図

 

 

 

 

 

 


県道136号線は大きく曲がったりします。でもそのまま136号沿いで歩いて行きます。

 

 

 

 

 

 

長束正家邸跡


美濃路から1本逸れた畑の中にある長束正家邸跡の石碑。

 

 

長束正家(なつかまさいえ)とは戦国時代の人物で、算術に優れ豊臣秀吉に仕えて五奉行という役職に就きました。また武将としても小田原城攻めや関ケ原合戦に出陣しました。

 

 

近江(滋賀県)出身ともいわれますが、愛知県稲沢市出身という説もあります。

 

 

>>長束正家邸跡の石碑の地図

 

 

 

 

 

 

国府宮神社


美濃路沿いにある国府宮(こうのみや)神社一の鳥居。実はこの鳥居から本殿まで約1kmあります…

 

 

正式には尾張大国霊神社(おわりおおくにたまじんじゃ)。尾張国の総社で旧暦の正月13日に行われる儺追神事(なおいしんじ:邪鬼を祓う)は、はだか祭りと呼ばれ全国的に有名です。

 

 

総社とは特定地域内の神社の祭神を集めて祀った神社のこと

 

 

時間があるなら参拝してもよいのですが、先を急ぐため鳥居の前で拝礼しました。

 

 

>>国府宮神社一の鳥居の地図

 

 

 

 

 

 


美濃路沿いの田んぼでは田植えの準備が始まっていました。

 

 

 

 

 

 

小沢一里塚


江戸から94里目(約376km)の小沢一里塚。案内板によると街道の両側に5間(約9m)四方の塚があり、榎が植えられていました。今では開発が進み看板のみです。

 

 

>>小沢一里塚跡の地図

 

 

 

 

 

 

稲葉宿本陣跡


街道はイキナリ稲葉宿に入り、最初にあったのは稲葉宿本陣跡。現在は公園になっており、トイレやベンチ、稲葉宿の説明板などがあります。

 

 

天保十四年(1863)の記録で稲葉宿は以下の通り。

  • 民家336軒
  • 人口572人
  • 本陣1軒
  • 脇本陣1軒
  • 旅籠8軒
  • 問屋場3ヶ所

宿場の範囲は8町21間(約911m)でした。

 

 

稲葉宿は稲葉村と小沢村が共同で運営しており、葉村+小村=稲沢市という現在の市名のもとになっています。

 

 

>>稲葉宿本陣跡の地図

 

 

 

 

 

 


これは旧稲葉宿のメインストリート。本陣跡はキレイな公園になっていますが、周辺は住宅地や商業地です。まっすぐな道が旧街道を想わせます。

 

 

 

 

 

 


昭和はじめ頃に建てられた稲沢電気の本社屋。東邦電力、中部電力稲沢営業所と代わり、現在では稲沢市の所有建物になっています。

 

 

 

 

 

 


稲沢銀行は明治三十三年(1900)に開業した地方銀行。昭和二十年(1945)に東海銀行と合併し、現在では三菱東京UFJ銀行になりました。

 

 

 

 

 

 


宿場内で特にインパクトがある藤市酒造。日本酒・菊鷹、本みりん、瑞豊が有名。

 

 

>>藤市酒造の詳細

 

 

 

 

 

 


民家の前に建つ稲葉宿東問屋場跡の石碑。稲葉宿は小沢、東町、西町の3ヶ所に問屋場が置かれ、文政五年(1822)頃には人足125人、馬45頭が常備され、助郷の制度もありました。

 

 

 

 

 


津島神社(津島市)へ向かう道を示した右つしま道三里の道標。ここから約12kmです。

 

 

>>津島道道標の地図

 

 

 

 

 

 


民家の前に建つ現在の美濃路の道標!ありがたいです!

 

 

 

 

 

 


シルバー人材センター前には美濃路の案内板がありました。

 

 

 

 

 

 


そうこうしているうちに、美濃路は愛知県稲沢市から一宮市に入ります。

 

 

 

 

 

 


中嶋宮の鳥居。もとは須佐之男命(すさのおのみこと)を祭神とした八劔社で、昭和三十七年(1962)に天照大神を主神とした中嶋宮に改めました。この周辺では有名な神社です。

 

 

 

 

 

 


文政元年(1818)の題目碑(だいもくひ)。題目碑(だいもくひ)は、南無妙法蓮華経と刻まれた、鎮魂や供養を目的とする供養塔のこと。 題目塔、題目石などとも。

 

 

 

 

 

高木一里塚跡


高木一里塚跡。明治はじめ頃までは、塚は残っていたそうですが、現在は石碑と看板のみです。

 

 

>>高木一里塚跡の地図

 

 

 

 

 

 


串作(くしつくり)の庄屋で問屋場も経営していた佐藤家の屋敷跡。

 

 

元治元年(1864)8月、江戸幕府第14代将軍・徳川家茂が長州征伐で上洛する時、休憩したやh式跡です。現在は石碑と看板のみ。

 

 

>>佐藤家屋敷跡の地図

 

 

 

 

 

 


串作(くしつくり)の信号交差点。美濃路はこの先、萩原宿に入ります。

 

 

攻略ポイントと感想

今回のコースは織田信長、浅野長勝、長束正家など戦国武将ゆかりの地が多く含まれており、ほぼ平地なおで歩きやすかったです。

 

 

電車で訪れるならJR清洲駅で降り、名鉄・萩原駅で帰るというのがよいでしょう。もっとも萩原駅前はすでに萩原宿なので、宿場を楽しんでから帰るというのもアリですね。

 

 

さて、私の稲葉宿の感想ですが、本陣の公園はともかく、もう少し石碑や案内板が充実していると楽しめると思いました。

 

 

石碑、案内板共にあるのですが、同じ様なことが書かれており、新鮮味が有ると更に楽しめるでしょう。

 

 

また国府宮神社など寄り道ポイントもいくつかあるので、時間配分に注意が必要ですね。

 

 

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