樹齢800年の楠がある豊川市赤坂町の関川神社

樹齢800年の楠がある豊川市赤坂町の関川神社

豊川市赤坂町の関川神社
豊川市赤坂町の関川神社は東海道沿いにある神社で樹齢800年の楠や松尾芭蕉の句碑も有ります。

 

■関川神社の住所■
豊川市赤坂町関川111

 

>>関川神社の場所の地図

 

 

かなり古い神社でした

豊川市赤坂町の関川神社いわれ

関川神社の楠(くすのき)

 

由来及び沿革については不明であるが、古老の説によると木の根元からえぐれている部分は慶長十四年(1609)の十王堂近所(宮路山登山口の東側)からの出火による火災で約三十戸が焼失しており、その時に火の粉が飛び焼けたものであるといわれている。

 

この木は楠としては町内一の巨木で幹のまわりは目の高さで約七.二九メートル高さ二五.七メートルあり、推定樹齢は約八〇〇年であるといわれています。

 

豊川市教育委員会

 

 

 

江戸初期の火事の跡

豊川市関川神社の楠に残る江戸時代初期の火事の跡
看板にある慶長十四年(1609)の十王堂近所からの出火による火災の痕跡が未だに残っています。よく見るとエグレてる部分から新しい芽というか枝が伸びてますね。生命力を感じます。

 

 

 

松尾芭蕉の句碑

豊川市関川神社の松尾芭蕉の句碑
関川神社には松尾芭蕉の句碑も残っています。それがこちら!

 

夏の月御油より出でて赤坂や

 

この句の意味は、夏の月が出ている時間はとても短い。例えるなら御油から赤坂の間を過ぎる時間くらいだ。というもの。

 

実際に御油宿と赤坂宿の間は約600mほどで、東海道五十三次の宿場間では最短です。また御油宿に入り赤坂宿を出るまでは約1.7kmほど。それくらい短いものだと詠んでいるのです。

 

 

 

豊川市関川神社と楠
私の感想ですが、豊川市の関川神社は東海道沿いにあり、楠もひときわ目立つ大木なので、街道ウォーキングの時は分かりやすく立ち寄る事ができるスポットだと思いました。

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