佐屋街道佐屋宿 | 三里の渡し、そして巡見街道で東海道桑名宿へ

佐屋街道佐屋宿 | 三里の渡し、そして巡見街道で東海道桑名宿へ

佐屋街道佐屋宿 | 三里の渡し、そして巡見街道で東海道桑名宿へ

 

 

佐屋街道は津島神社への下街道と分岐して愛西市へ。目指すは川を渡って東海道と合流する三里の渡しです。

 

 

 

 

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

 

 


昭和五十四年(1979)に建立された佐屋海道(街道)の石碑。周辺は田んぼばかりですが碑があるだけでも街道ウォークには目印になって助かります。

 

 

>>佐屋海道址碑の地図

 

 

 

 

 

 


県道458号線と重なっていた佐屋街道は、須依(すえ)交差点で右(北)に曲がります。佐屋宿を運営した賀村と田村から一文字ずつ取って付いた名前と考えられています。

 

 

この須依交差点が佐屋宿の始まりです。

 

 

 

 

 

佐屋宿


須依交差点で曲がり佐屋宿跡を歩きます。多い時で本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠31軒がありました。

 

 

かつては賑わった宿場でしたが今では静かな住宅地です。

 

 

 

 

 


松尾芭蕉の句碑である、くひな塚への道標。水鶏(くいな)鳴くと人のいへばや佐屋泊

 

 

元禄七年(1694)、松尾芭蕉 が江戸から故郷の伊賀へ帰郷途中に、佐屋の門人でだった素覧亭に逗留した折に詠んだといわれます。

 

 

佐屋宿周辺は水鶏の名所でたくさんいたようです。この道標から南へ約130mほど行くと水鶏塚があります。

 

 

>>くひな塚道標の地図

 

 

 

 

 


佐屋湊(舟場)への道標。もとは個人宅にあったものを昭和五十四年(1979)に寄贈を受け、現在地に建立したものです。

 

 

>>佐屋船場道の道標の地図

 

 

 

 

 

 

尾張名所図会のキコク


歩道に何気ない生け垣がありますが、これは尾張名所図会にも描かれているキコクです。

 

 

キコク(枳穀)とはミカン科の植物であるカラタチの別名。庭技として鑑賞用されたり生け垣に使用されたりしました。

 

 

 

 

 


現地案内看板より。この部分が残っています。

 

 

 

 

 

 

本陣の門

 


旧佐屋宿から少し離れていますが、愛西市西保町北川原9にある善定坊の山門はかつての佐屋宿本陣の門です。大正十五年(1926)に移されました。

 

 

>>善定坊の地図

 

 

 

 

 

 


佐屋街道の代官所跡。宿場の治安や運営などを管理していました。

 

 

>>代官所跡の地図

 

 

 

 

 


代官所跡の裏には佐屋街道の案内板と駐車場があります。車で訪れた時に利用しましょう。

 

 

 

 

 

 

三里の渡し


代官所近くの信号交差点あたりが、かつての渡し場入り口。ここから向こうが佐屋宿三里の渡し跡です。

 

 

つまりこの交差点の向こうはかつて大河でした。今では埋め立てられて住宅地になっているので想像もつきませんね。

 

 

この先には佐屋川、船会所、船番所、浦高札がありました。

 

 

 

 

 

 


信号交差点の横に小さなグランドがありますが、ここに三里の渡し跡の石碑が建っています。

 

 

>>佐屋宿三里の渡し跡の地図

 

 

 

 

 

 

佐屋街道ここからどうする?

佐屋宿レビューはこれでおしまい。なぜかと言うと、佐屋街道は三里の渡しから船で東海道桑名宿(三重県桑名市)へ向かったからです。(現在では一般人の船での移動はできません)

 

 

そこで今回は巡見(じゅんけん)街道でここから桑名宿に向かいます。

 

 

巡見街道とは、幕府が全国に派遣していた諸国の民情をチェックする巡見使(じゅんけんし)が通った道。

 

 

特定の道の事ではなく、毎回、前回と比較するために同じ道を通ったので、いつしかそう呼ばれる様になりました。

 

 

つまり公(おおやけ)の諸国見回り役人が通ったですね。

 

 

ちなみにこの巡見使の評価を幕府に報告されるので、各藩は巡見街道に不備がないか気を使っていたみたいです。

 

 

では今回も風人社発行のホントに歩く東海道マップを使い、巡見街道で桑名宿まで行ってみたいと思います。

 

 

 

 

 


愛西市に残る巡見街道は県道と重なり、離れの繰り返しで南下します。基本的には歩道も広く歩きやすいです。

 

 

 

 

 


弥富(やとみ)市に入りました。金魚と文鳥が描かれたマンホール。

 

 

 

 

 

 


かつて木曽川沿いにあった焼田港跡。現在の地図で見るとここまで木曽川が迫っていたのが信じられないくらい内陸です。

 

 

>>焼田港跡の石碑の地図

 

 

 

 

 

 


焼田港跡から少し歩くとイオンタウン弥富があります。トイレ休憩や食事など海道ウォークでも活用できますね。

 

 

ところでこのイオンタウン弥富の西にかつて織田信長が長島城を攻める時に陣を置いたといわれる、二間(ふたま にけん)城がありました。

 

 

現在では城址の遺構みたいなものは確認されず、地名だけが残るのみです。

 

 

>>二間城の詳細

 

 

 

 

 


巡見街道は国道1導線に出て再び住宅地に入ります。ここでチェックしておきたいのがふたつやの渡跡の石碑です。かつての木曽川を渡った船が出ていた場所です。

 

 

>>ふたつやの渡跡の地図

 

 

 

 

 

 

尾張大橋


木曽川に架かる尾張大橋。車では何度も渡った事がありますが、徒歩は始めてです。

 

 

 

 

 

 

 


橋の途中から左(南)を見ると長島スパーランドが見えます。カメラの望遠だとハッキリ分かりますね。

 

 

長島スパーランドとは東海地方では有名な遊園地。絶叫マシンも多く、若い頃にはよく行く名所(?)です。

 

 

>>長島スパーランド公式サイト

 

 

 

 

 

 

そして長島町

 


三重県桑名市長島町にやってきました。かつて江戸時代はいくつもの小島があった場所ですが、現在では治水工事でひとつの細長い島になってます。

 

 

しかし海抜を見るとマイナス。

 

 

 

 

 

 


現在の桑名市立長島中部小学校、長島中学校あたりがかつての長島城跡です。戦国時代に織田信長に反抗した一向宗が立て籠もり、長島一向一揆を起こしたことは有名。

 

 

江戸時代には長島藩は成立され、菅沼氏、久松松平氏、増山氏が藩主となり明治まで続きます。

 

 

>>長島城の詳細レビュー記事

 

 

 

 

 

 


長島城跡近くには道標もあります。

正面 前ヶ須津島 宮 名古屋 道

 

側面 右くはなみち

 

 

 

 

 

 


伊勢大橋で長良川、揖斐川を渡ります。

 

 

 

 

 

 


歩道から見える長良川河口堰(ながらがわ かこうぜき)。完成までテレビやラジオで頻繁に取り上げられていた話題(?)の河口堰です。

 

 

漫画・美味しんぼでも出てるくらい話題性(社会性?)があったのですが、完成してからはつまりどうなったのか、マスコミも報じなくなりました。

 

 

>>長良川河口堰の詳細 | ウィキペディア

 

 

 

 

 

 


伊勢大橋を渡ると国道1号線から県道613号線(福島城南線)へ左折。揖斐川の堤防沿いの歩道を歩き、そのまま桑名城跡へと向かいます。

 

 

 

 

 

 


桑名城の蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)が見えてきました。かつて歌川広重の東海道五十三次にも描かれた櫓です。

 

 

現在はコンクリートで再建され、水道施設になっていますが中に入る事ができます。

 

 

>>蟠龍櫓の詳細 | 桑名市公式サイト

 

 

 

 

 

 

東海道桑名宿


そして東海道に繋がりました。ここは宮宿(名古屋市熱田区)の七里の渡しから船でたどり着く桑名宿の入り口。伊勢神宮参道の一の鳥居です。

 

 

>>伊勢神宮参道の一の鳥居の地図

 

 

 

 

 

 


鳥居のすぐ側にある七里の渡しの石碑。この前の道が東海道です。

 

 

 

 

 

 

攻略ポイントと感想

今回のコースを電車を使い歩くなら、JR津島駅で降りてJR弥富駅まで歩くのが便利です。

 

 

もしくは私のように巡見街道を経て東海道桑名宿に行くなら、JR、近鉄桑名駅まで歩くと良いです。

 

 

さて、今回で佐屋街道ウォークは終わりですが、私の感想は濃尾平野の愛知県西部を楽しむことができるコースだと思いました。

 

 

正直、田舎なのですがコンビニや喫茶店などの飲食店もチラホラあるので、休憩や水分補給、そして食事には困らないでしょう。

 

 

歩いて実感できたのは地形の変動。焼田港みたいに内陸に港があったり、かつての地形を想像しながら歩くと楽しいです。

 

 

佐屋街道も東海道の脇街道なのであなたも是非、チャレンジしてみてください。

 

 

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