美濃路大垣宿 | 大垣城と奥の細道むすびの地

美濃路大垣宿 | 大垣城と奥の細道むすびの地

美濃路大垣宿 | 大垣城と松尾芭蕉の奥の細道むすびの地

 

 

墨俣宿を後にして、次の宿場・大垣宿を目指します。

 

 

 

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

東結一里塚


堤防を降りたところにある東結一里塚。江戸から99里(約396km)の一里塚跡です。

 

 

>>東結一里塚跡の地図

 

 

 

 

 

 


新揖斐川大橋を渡ります。ここまで来て今更ですが、美濃路は高い場所の難所はありませんが、木曽川、長良川、揖斐川などの大河を渡るという街道なんですね。

 

 

現在では橋で快適に渡れるものの、美濃路時代、つまり江戸時代は船で渡っていたのでしょう。

 

 

 

 

 

 


揖斐川(いびがわ)を渡り、堤防沿いを歩いていると嘉永七年(1854)に建立された佐渡常夜燈があります。

 

 

説明板によると、昭和二十年(1945)頃まで村中の民家持ち回りで常夜燈に油を入れて火をつけ、伊勢神宮を遥拝(ようはい:遠くから拝むこと)していたそうですが、時代の流れで電球に変わりました。

 

 

>>佐渡常夜燈の地図

 

 

 

 

 

 


かつてこの周辺に鎌倉街道が通り、川に板をかけて長橋にしました。その跡です。

 

 

ちなみに近くの交差点は小野ですが読みは『この』です。

 

 

>>小野長橋の地図

 

 

 

 

 

 


イオンタウン大垣の向かいに立つ三塚一里塚跡の石碑。かつてここに江戸から百里(約400km)目の一里塚がありました。

 

 

>>三塚一里塚跡の地図

 

 

 

 

 

 

大垣城東惣門跡


美濃路はいよいよ大垣宿に入ります。ここは大垣城東惣門跡。大垣宿の東の入り口です。ここで大きく南に曲がります。

 

 

名古屋方面に向いた門ということで、別名・名古屋口御門ともいわれ、明け六ツ(あけむつ:午前6時頃)に開門し、暮れ六つ(くれむつ:午後6時頃)に閉じられました。

 

 

>>大垣城東惣門跡の地図

 

 

 

 

 

 

 


かつての大垣宿は現在商店街になっています。ここは大垣城の城下町でもあるんです。

 

 

 

 

 

 

 


高札場跡。幕府や領主が決めた法を庶民に伝えるための高札(こうさつ)を掲げた場所です。現在では案内板のみ。

 

 

>>大垣宿高札場跡の地図

 

 

 

 

 

 


ここは脇本陣跡。現在は田中屋煎餅総本家。

 

 

脇本陣とは宿場の中で本陣の次に格式が高い宿泊施設のこと。基本的には大名や幕府要人などが泊まる場所ですが、予約がない時は庶民でも泊まることができました。

 

 

>>脇本陣跡の地図

 

 

 

 

 

 

大手門跡

 


大垣城大手門跡。大垣城の玄関口です。現在は大手門跡の遺構は残っていませんが、広峯神社の中に石碑と看板が建っています。

 

 

>>大垣城大手門跡の地図

 

 

 

 

 

 

 


大手門跡から南へ行くと『左江戸道 右京道』と刻まれた、本町の道標があります。昭和四十八年(1973)に再建されたものです。

 

 

>>本町道標の地図

 

 

 

 

 

 


本町道標の東側の道はかつての竹鼻街道。現在の岐阜県羽島市竹鼻を経て木曽川を渡り、起宿と萩原宿の間である冨田(冨田一里塚がある場所)で美濃路に合流する街道です。

 

 

 

 

 

問屋場跡


問屋場(といやば)とは、宿場内での運送業務を取り仕切る本店(本部)みたいな場所です。

 

 

幕府の公的文書を運んだり、宿場間の荷物の輸送などを馬や人足を使い行っていました。

 

 

>大垣宿問屋場跡の地図

 

 

 

 

 

 

本陣跡


本陣とは宿場の中で一番格式が高い宿泊施設。大名、公家、幕府要人などが泊まる場所です。

 

 

大垣宿本陣は現在資料館として整備されています。

 

 

>>大垣宿本陣跡の地図

 

 

 

 

 

 


これは現地案内看板にあった大垣宿本陣の古写真。

 

 

 

 

 

 

 

つちや

 


宝暦五年(1755)年創業で260年を越える老舗の菓子屋・つちやの本店。柿羊羹(かきようかん)が有名な店です。

 

 

大垣市内をはじめいくつか店舗がありますが、本店の建物は大垣市景観遺産に指定されており、一見の価値ありです。

 

 

私が訪れた日は休日でしたが、街道ウォークのお土産にチェックしておきたい店のひとつです。

 

 

>>つちや公式サイト

 

 

 

 

 

 

西総門


大垣宿の西の入り口である西総門。京都の方に向けられた門なので、京口門(きょうぐちもん)とも呼ばれていました。

 

 

東惣門と同じく明け六ツ(あけむつ:午前6時頃)に開門し、暮れ六つ(くれむつ:午後6時頃)に閉じられました。

 

 

>>大垣宿西総門の地図

 

 

 

 

 

 


船町道標。『左 江戸道 右 京みち』と刻まれています。かつては東側にある公園に建っていましたが、太平洋戦争の空襲で損傷し、修復後に現在地に移されました。

 

 

>>船町道標の地図

 

 

 

 

 

 

奥の細道むすびの地


大垣は松尾芭蕉が奥の細道の旅を終えた場所でもあります。そこで設置されたのが奥の細道むすびの地の石碑。

 

 

松尾芭蕉は元禄二年(1689)に門人・河合曾良(かわいそら)を伴って江戸を発ち、奥州(東北地方)、北陸道を巡り、富山、金沢、福井経由で大垣を訪れ、旅を完結しています。

 

 

このため、大垣市では奥の細道ゆかりの地として有名で、記念館も建てられています。

 

 

>>奥の細道むすびの地記念館公式サイト

 

 

 

 

 

 


奥の細道むすびの地すぐのところにある住吉灯台と水門川。

 

 

大垣城の城下町である大垣宿の船町港は、水門川から揖斐川を経て、東海道桑名宿へ至る重要な川湊でした。

 

 

かつてはこの川で物資が運搬され、松尾芭蕉もここから桑名へ向かっています。

 

 

 

 

 

 

大垣城


美濃路ウォークで是非立ち寄ってみたいのが大垣城です。

 

 

大垣城は慶長五年(1600)の関ケ原合戦時、西軍の石田三成が一時陣を置いた城として有名ですが、江戸時代も大垣藩の拠点として存続した城です。

 

 

美濃路沿いから少し離れますが、天守内は資料館になっており、関ヶ原合戦や大垣城、大垣宿について学べます。

 

 

>>大垣城レビュー記事

 

 

 

 

 

 

攻略ポイントと感想

今回のコースを電車で楽しむなら樽見鉄道・東大垣駅からスタートするのが良いですが、あまり便利ではないのでJR大垣駅集合解散で大垣城とセットで宿場を楽しむのもよいでしょう。

 

 

私の感想ですが、大垣市は水都とよばれるほど水が豊富な町なので、水を活用した街づくりを街道ウォークで楽しめると思いました。

 

 

例えばかつての大垣城の堀(水堀)は水路として活用されていますし、美登鯉橋(みどりばし)の様な観光名所にもなっています。

 

 

大垣は関ケ原合戦だけではなく、江戸時代の城下町としても楽しめるスポットです。

 

 

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